10月13日(土)――

長女チハナ(15)の
NASA出発日となった。

午前8時にまったり目覚めると
いつもはすでにランニングへと
出掛けている旦那が家にいた。

社名の入ったワイシャツを
着用している事から
休日出勤である事を悟る。

「実は昨日、機械のパーツを
壊しちゃったんダヨネ☆
スペアパーツを取りに行って
機械を直したら
スグ帰ってキマース☆」

と、旦那は朗らかに
家をあとにした。


しかし旦那は
夜中になっても
帰って来る事は
なかった(真顔



年に1度あるかどうかの休日出勤と
半年に1度あるかどうかの残業が

チハナの出発日と
重なるとはな(真顔



「ベッドタイムは午後9時半デス!」
と、見送り隊を軽く断った
天罰に違いあるまい(嘲笑

チハナ曰く
「24時45分に学校集合」
との事だったので
寝落ちを恐れた私は
アラームを00:20にセットした。

その後
私はひとりソファに寝転がり
衛星放送を観ながら
うつらうつらとしていた。

すると
突如スマホが鳴った。
旦那からの入電である。

ほほう。
「いってらっしゃい」の
電話が出来る子になったか。
と、私は目を細める。

だがしかし
努めて明るく応対した
私の耳をつんざいたのは――

『大変デス!
知人の息子が待ち合わせ時間に
10分程遅れるらしいデス!
ナゼならばこの大雨で
道が水没シテ車が通れないカラ!
彼はトテモNASAに行く事を
楽しみにしてマス!
キミとチハナは先生に
彼が遅れる事をちゃんと伝え
バスの出発を待って貰わねば
ナリマセン!』


キテレツ過ぎる
業務命令だった
(真顔


きっと、夢なんだと
ある程度現実逃避していたら
間髪入れず旦那が吠えた。

『チョット!聞いてマスカ?
コリンはトテモ
NASAに行く事を楽しみにしてマス!
飛行機に乗り遅れたら
トテモ可哀想デス‼』


とりあえず
電話の内容は想定外だったが
私も少なからず
コリンくんとやらの遅延を危惧した。

万全を期す為、私は旦那に
彼の名字を訊いてみた。

しかし、3回聞いても
独特過ぎるコリンくんの苗字が
聞き取れない(真顔

「マック・・・なんだって?
聞き取れないから綴りを教えて」

そんな素朴な要望に
旦那は――



応えてくれなかった
(真顔




「忙しい」を逃げ道に
「アホさ歴然」を棚に上げ
嫁を怒鳴り散らすと言う
安定の外道っぷりに
私の心は一気に閉ざされた。

そんなフリーズ状態の私の耳元に
柔らかいメロディーが流れ始めた。

アラームである。

心地よいメロディーに乗せて
旦那のシャウトと言う
なんともカオスなこの旋律。

私はアレクサ張りの
「ワカリマシタ」
で、会話を強制終了させた。



チハナが起きた事を確認すると
私自身も軽く身支度を整えた。

その後、チハナの部屋から
スーツケースを運び出していると

このタイミングで
旦那が帰って来た
(真顔

旦那の職場は車で5分


玄関を開けるなり

「コリンの事を
チハナに話しマシタか⁉
トテモ重要な事デス!」


と、大声を張り上げた。

そんなに
嫁が信用出来んなら
自分で言いに行けや。


と、信頼度ゼロの嫁は
ほくそ笑む。

チハナの見送り隊に
参加するでもなく
娘のスーツケースを
車まで運ぶでもなく
ただひたすら
コリン・マックなんちゃらの
NASA愛を
ドア1枚隔てた自室で
身支度しているチハナに
熱弁しまくる旦那。

そんな彼のスマホに
1本の電話が掛かって来た。

通話を終えるや否
再び旦那はドアの向こう側に
話し掛け始めた。

「チハナー☆
コリン学校に着いたっテ☆
もう先生に言わなくて
イイからネー☆」


まさかの
コリン・マックなんちゃら一家は
ウチよりも早く
学校に到着した模様(能面


知人から託されたミッションが
勝手にコンプリートされた旦那は
なんとも清々しい笑顔で
チハナを見送った――

勿論
玄関先で(真顔





チハナを学校まで送り届けると
私はすぐさま帰路に着いた。

玄関に家の鍵を差し込む。
が――

鍵が回らない
(真顔


ドアの内側に鍵を差し込まれていると
外側からは開けられない
仕組みとなっている。


とりあえず
チャイムを鳴らしてみる。
が、何の反応もない。

のび太をもしのぐ
入眠技術を持つ旦那は
すでに寝てしまったか?と
肝を冷やす。

もう一度チャイムを鳴らすと
寝ぼけ眼のモモカが
内側の鍵を抜いてくれた。

無事、家に入る事が出来た私の
神経を逆撫でしたのは
軽快なシャワー音と

クソ音痴な
旦那の鼻歌だった
(鉄拳