水曜日の夜――
旦那が私にこう言った。

「明日のグラスゴー
朝7時45分出発ネ☆」

早くね?

突拍子のない旦那の予定に
私は幾分狼狽した。

朝7時45分だと?
レーシックの予約は
一体何時なんだ?
そもそも子供はどうする気だ?

「クリニックには
9時から10時半の間に
行けばイイけど
ワタシは朝一番に
行きたいんデス☆
大丈夫、大丈夫。
7時半にグラニーが
来てくれマス☆
子供達は彼女に任せまショー」


突っ込み所満載で
腕が鳴る。



私が9時に子供達を
学校に送ってから
グラスゴーに向かっても
10時半には十分間に合う。

そうする事で
グラニーに迷惑を
掛けなくて済むのではなかろうか。
私もいつも通り家事をこなせる。

身内の予定なぞ顧みず
自由に羽ばたく旦那の行為に
私は激しく眉根を寄せた。

いや、根本的に
母親である「グラニー」が
息子に従順すぎるのでは
なかろうか。

彼女が120%の確率で
彼の要望に応えてしまうが故
嫁である私が
トバッチリを喰らうのだ。

元凶は
「育て方」だ(真顔




木曜日の朝――

私はあれこれ考えるのを諦め
運転用の靴・眼鏡・
飲み物を用意して
旦那の車に乗り込んだ。

グラスゴーには
ぴったり1時間で到着した。

駐車場に車を止め
「レーシック・クリニック」
へと向かう。


暴風雨の中。


気温2.5度。
さすがの私も半泣きだ。

旦那がスマホの地図を
凝視しながら
曲がり角を直角に直角に
曲がり行くのを
私は小走りで追いかける。

赤信号を無視して
横断しまくる彼に
4回程マカれたりしながら
やはり小走りする事30分。

ようやく
クリニックに到着した頃
私は見事に
濡れ雑巾と化していた。

私は快適そうな
ソファに崩れ落ち
疲れ切り冷え切った身体を
よじらせた。


「待ってるの暇デショ?
カフェ行っタラ?」



私はマッハの勢いで振り返った。

この暴風雨の中に
再び私を投入する気か?

100m手前で見つけたカフェで
是非その台詞を聞きたかった。

とは言わず
私はぎこちない笑みを
こぼしながら
名探偵コナン85巻を取り出した。


「10分で終わるカラ☆」との
事だったが
彼が「帰りまショー」と
私の前に現れるまで


約1時間半。


お陰で暴風雨もどこかへ消え去り
青空が垣間見れる。

さて、帰るかと
私は1時間半振りに
ソファをあとにする――

が、何かがおかしい。

怪訝な顔をする私に
旦那は薄ら笑いを浮かべながら
驚きの一言を放った。


「レーシック
受けれなかったヨ」



もはや
意味が分からない(白目


「ワタシの眼球の膜は
トテモ薄いらしくテ
レーシックは不可能だと
言われマシタ☆

アー!見テ!
アノ人サングラスしてマス!
レーシック受けたんデスねー
いいデスねー・・・」



車で往復2時間。
徒歩で往復1時間。
待ち時間1時間半。

私の時間
耳をそろえて返せ。



だがしかし
さすがの旦那も
この結果には
後ろめたさを感じたのか
1500ポンド(約25万円)
浮いたからなのかは
知る由もないが



午前11時半。
朝食を
食べさせてくれた。




そんな朝食を頬張りながら
旦那が私に
スマホの地図を差し出した。

「センター街に行きマスか?
博物館や美術館も近くにあるヨ?
あ、アジアのスーパーにスル?」

眼が痛くないからだろう
絶好調だな。

だが生憎
私は3時に娘達を迎えに行って
隣町のスイミング教室に
連れて行かなければならない。

そう、暢気にしているヒマは
私にはないのだ。

とりあえず
ブキャナン通りを素通りし
駐車場へ向かう事にした。

すると道中に
「日本食レストラン」を発見。



こんな近くにあったなら
私はこのお店に来たかった。
という思いを込めながら
思わずシャッターを切った私に
旦那が言った。


「ココ
来た事アルの?」



私は目を丸くした。


いいえ。
グラスゴーに来るの
初めてなので。



すると今度は
旦那が目を丸くした。

「エー?
どーしてー」

と――