◎さっちゃんとやえちゃん◎

作 ホリー
絵 アロ
さっちゃんは
庭にある「桜の木」が
大好きだった
春には
可愛らしい ピンクの花が
枝を残すことなく 咲き誇り
夏には
青々と 豊な葉を
空へ向かって たなびかせ
小さな実を
ぽつり ぽつりと 実のらせる
秋には
落ち葉の上を
サクサクと 歩いたし
冬には
太い枝に よじ登り
流れ星を 探した
「これは 花見で見かける
ソメイヨシノ じゃなくて
八重桜と いうんだよ」
お父さんが 教えてくれた
さっちゃんは
すぐさまその桜の木に
「やえちゃん」という
名前をつけた
まだ 寒さの残る
3月のはじめ
お父さんが言った
「もうすぐ 引越しするよ
車で 10分の ところだけど
今度は 借り物じゃない
ぼくたちの 本当の家だよ」
さっちゃんは 目を丸くした
「大丈夫だよ さっちゃんは
学校も 変わらないから」
「ちがうよ おとうさん
やえちゃんは?
やえちゃんは どうなるの?」
「ヤエちゃん?」
今度は
お父さんが 目を丸くする
「にわにある さくらのきも
いっしょに おひっこしできる?」
「あの木は 無理だよ
この家は もともと
借りている ものだから
ありのまま 桜の木も
お返ししなくちゃ」
困ったように 眉をひそめる
お父さんの言葉に
さっちゃんは がっかりと
肩を おとした
「近所だから大丈夫 大丈夫
桜が咲く頃
皆で一緒に 見に来よう」
お父さんは
笑って そう言った
そうじゃないのに・・・
この家に 新しい家族が
引っ越してきたら
やえちゃんは 塀の向こう
もう 落ち葉のベッドを
作ったり 木に 昇ることが
出来なくなってしまう
それが 寂しくて 悲しくて
さっちゃんは しゅんと
小さくなった
3月が終わる頃
さっちゃんは 新しい家に
引っ越した
車で10分と 言っても
子供の足で この道のりを
歩くのは 簡単ではなかった
今 この窓から見える
景色のどこにも
やえちゃんの姿は ない
ぽかぽかと
暖かくなり始めた 4月
あれだけ 咲き誇っていた
ソメイヨシノも
葉っぱだらけに なっていた
「ちょうど
やえちゃんが さくころだ」
ぼんやりと さっちゃんは
頬杖を ついていた
ぺたり
さっちゃんの おでこに
何かが くっついた
小さな指で それを つまむ
「あっ」
さっちゃんは ちいさく
悲鳴を上げた
「はなびらだ」
また一枚 ひらひらと
はなびらが 舞い込んでくる
「やえちゃんだ!」
毎年 見ていた
このはなびらを
間違えるはずはない
「おとうさん おかあさん!
やえちゃんが
あいにきてくれたよ!」
さっちゃんは
叫ばすには 居られなかった
春が過ぎ 夏が来ると
やえちゃんは
小さな実を その枝に 実らす
その実を 少し 分けてもらおう
さっちゃんは そう思った
来年の春には
この 新しい庭に
小さな「やえちゃん」が
芽吹くのを祈って
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