◎ぼくの指さし◎

作 ホリー
絵 チハナ
ぼくが まだまだ赤ちゃんで
ちゃんとお話が できなかったころ
ぼくは よく指をさして
おかあさんに
いろんなことを つたえていた
おなかがすいたら
おかし箱を 指さしたり
外に行きたかったら
げんかんを指さした
でも ことばがなくても
おかあさんは いつでも
なんでも わかってくれた
それが うれしくて
ぼくは たくさん
たくさん 指さした
くろくて 大きな
ちょうちょを みつければ
ぼくは めずらしさのあまり
指をさす
すると おかあさんは
「きれいね あれは
クロアゲハって いうのよ」
と うれしそうに 笑う
馬のように 大きな犬を
公園で みつければ
ぼくは おどろきのあまり
指をさす
すると おかあさんは
「大きいわんわんね
おかあさんも はじめてみたわ」
と いっしょに
おどろいてくれた
おとうさんを
むかえにいった駅で
ぼくは だれよりも
はやく 人ごみの中から
おとうさんを
みつけだして 指をさす
すると おとうさんも
おかあさんも おおよろこびで
ぼくを なでてくれた
あるひ ぼくは
しゃりんのついた いすに
のっている人を
まちで見つけて 指さした
すると おかあさんが
ぴしゃりと いった
「指をさすんじゃなくて
手をさしのべるのよ」
いま ぼくは
すこしだけ 大きくなって
そのいみが まえより
すこしだけ わかるようになった
ターバンをまいた おじさんも
つえをついた おねえさんも
車いすに のった おじさんも
みちゆく おおくの ひとたちも
なにかしら
こまっていることが あるらしい
それは ことばだったり
ぶんかだったり
けんこうの もんだいだったり
しごとの もんだいだったり
りゆうは いろいろで
まだまだ ぼくには
むつかしいけれど
「手を さしのべる」
ぼくは じゅもんのように
なんども そのことばを
くりかえす
めのわるい おばさんは
でんしゃに のっても
あいている せきが
わからなくて
ずっと ドアの ちかくで
たっている
そんな おばさんの 手を
ぼくは ほんのすこし
ひっぱってみる
「ここ あいてるよ」
車いすの おじさんが
ちいさな かいだんで
たちおうじょうしている
ぼくのからだは
まだまだ 小さくて
おじさんの 車いすは
おしてあげられないけど
たすけてくれる人を
よぶことは できる
ひとりぼっちで
こうえんの ベンチに
こしかける おばあちゃんに
たのしい話は
してあげられないけど
となりにすわって
いっしょに 空を
ながめることは できる
ぼくに できることは
まだまだ すくないけれど
でも だいじょうぶ
これから すこしずつ
ふやしていけばいい
ぼくは もうすぐ
もうどうけんに なる

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